ものぐさ読書宣教会

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生活保護を題材に据えた社会派漫画──柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』1〜3巻感想

 

『健康で文化的な最低限度の生活』は、「生活保護」をテーマにしたかなり珍しい社会派漫画である。

ストーリーの大筋は、東京都の区役所に就職した主人公・義経えみるが福祉事務所で生活保護を担当するケースワーカー業務に就くことになり、困窮した人々の様々な生活に関わっていくいわゆる「お仕事モノ」だ。

「自分は空気が読めない、人の話を聞いていない、どこかネジの1本抜けた人間である」ことを悩みとしているえみるが、人々の暮らしと懸命に向き合うことで一人前のケースワーカーとして独立していく成長物語でもある。

担当する生活保護家庭のケースごとに話が一区切りするオムニバス形式なので、各章ずつ感想を書いていく。

 

『稼働年齢層調査及び就労支援』編(1〜2巻)

導入部である上司からの引き継ぎ編が終了し、えみると同期4人の新人ケースワーカーたちの本格的なケースワークが描かれる。

『稼働年齢層調査』とは、生活保護を受けていて、かつ働くことが可能な年齢とされている15歳〜64歳の人々たちの病状や就労阻害要因を調査し、『稼働能力あり』と認められた者には就労指導を行うというものである。

特に印象深かったのはえみるが担当した阿久沢さんのケースだ。

えみるが担当した阿久沢さんは、病状検査では「異常ナシであらゆる就労が可能」と診断されたにもかかわらず、実際にえみるが対面すると咳の症状が止まらず、働きたくないが為に仮病を使っているのではないかと疑われていた。

しかしえみるが家庭を訪問すると、実は生活保護費の大半を17年前の会社倒産で負った借金の返済に当てていて、そのせいでまともな食事を摂れていなかったことが発覚する。

阿久沢さんは「借金があったら生活保護を受けることができない」と誤解していて、借金の事実を隠していたのだ。

その後えみるは法テラスでの債務整理を阿久沢さんに提案し、一旦は怒らせてしまい拒まれたものの、上司である半田の助力のおかげで説得に成功する。

その際、自分で説得できなかったことに落ち込むえみるに対する半田のアドバイスがこの話のハイライトだろう。

「どんな温厚な人でも尊厳を侵されれば怒ります。

仕事を失う、病気になる、お金がなくなる、そういったことで人の人生の選択肢はどんどん少なくなります。

でも、その人の生き方を最終的に決めるのは本人です。……基本的にはね。

本人の意思を無視して、こちらの都合で無理矢理動かそうとすれば人は当然怒ります。

どんな人にもその人なりの「都合」があります。人は自分の「都合」でしか動きません。そのためにはこっちにも「聞く準備がある」と示す必要がありますね。

ま、以前も言った通り、『相手の話を聞く』、まずはそこからです。」

債務整理の結果、既に返済が済んでいることが分かり、阿久沢さんは借金から17年ぶりに解放される。

義経さん。……不思議ですね。こんな日が来るなんて……信じられません……この17年間ずーっと頭の中に借金のことがありました。

何をしてても借金の催促が来るんじゃないかと……。

──義経さん、本当にありがとうございました……。」

もちろんフィクションだから美化されている箇所も多分にあるだろうし、現実はもっとブラックなんだろうけれども、こうやって人の役に立てる福祉の仕事っていいなあ、と自分はこのエピソードを読んでそう思った。

 

生活保護不正受給』編(2〜3巻

不正受給といっても、社会制度を悪用する悪どい奴らの話ではない。

義経えみるが新たに担当することになった日下部さん家族は4人世帯で、認知症のおじいさんと週3日のパートで働く母親と、子供2人で暮らしている。

兄妹の兄である日下部欣也は、ギターが趣味で路上ライブをやっているとえみるに話す。

その翌日、昨年度の課税調査の結果が課税課から上がってくる。

これにより各世帯が去年就労で得た収入の額が分かり、生活保護の基準額からこの額を引いた残りを生活保護費として支給することになる。

そして、この上がってきた給与の額が自己申告の記載と違っていて、就労しながらも申告せずに黙って収入を得ていた場合に「不正受給」となる。

この課税調査で、日下部欣也が収入申告をせずにバイトを行っていたことが発覚してしまう。

つまり「不正受給」である。

えみるが家庭訪問して内情を問うと、母親は息子がアルバイトしていた事実を知らず、欣也は「生活保護受給家庭の全員が、働いたら福祉事務所に収入申告しなければならない」という規則を知らないでアルバイトしていたことが発覚する。

この場合、バイト代は役所に全額返還しなくてはならない。今まで欣也が稼いだ額は60万。しかも既にCDや楽器に遣ってしまっていたので、これから返さなくてはならないとなるとかなり厳しい状況になる。

そのことをえみるから伝えられ、思わず怒鳴ってしまう欣也。

「これって……何の『罰』なんスか……?

オレが…今まで…働いて…自分で…稼いだものを、「返せ」って……

やっぱ意味わからんってか……

他人からしたらくだらねえモンかもしれんけど、自分の欲しいものを、自分のお金で買って…それって………そんな悪いことなんスか…?」

「自分で稼いだお金であっても、黙って使ってしまったら、それは悪いことなんです。生活保護を受けている以上………

でっ…でもですね。ちゃんと収入を役所に報告さえしていれば、お給料の大半は欣也くんのものにできたんです。」

「じゃ それ知らなかったからバイト代取り上げられるってことなんだ!

バカだから!!オレがバカだから罰金取られるってことなんスね!!

結局──バカは何もするなと!!バカは夢見んじゃねえと!!

バカで!!貧乏な人間は!!」

たしかに、この問題を「無知なんだからしょうがない」と断ずるのは容易いかもしれない。

しかし、自分は親に扶養されて税制度の事など何も知らないでのほほんと暮らしている人間なので、メチャクチャ同情してしまった。

責任を感じた欣也が離婚した父親にお金を貸してくれるよう頼みに行くも、再婚した家庭で幸せそうにしている父親を見てしまい、断念する姿も切なかった。

欣也がその帰り道に泣きながら聴くThe Pillows『ハイブリッドレインボウ』がめっちゃ良い曲だったのでよかったら聴いてみてほしい。

Can you feel? Can you feel that hybrid rainbow?

ここは途中なんだって信じたい

I Can feel. I Can feel that hybrid rainbow.

昨日まで選ばれなかった僕らでも

明日を持ってる

The Pillows『ハイブリッドレインボウ』より)

この後えみるが生活保護制度についてちゃんと説明し、徴収金を月数万ずつ払っていくということで問題は一応の解決を見る。

欣也が自暴自棄にならずにバイトを続けることにしたのは、えみるがちゃんと欣也と向き合うことで人間関係を形成できたからで、人と関わることを苦手としていたえみるの成長が見られて良かった。

『健康で文化的な最低限度の生活』、1巻1巻の密度が濃すぎて感想を書くのが大変なのだが(本当は8巻一気に書くつもりだった)、本当にタメになって面白いのでこれからも追っていきたい。