人生ナメたろうのゲーム日記

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パーフィット『理由と人格』第10章「われわれは自分自身を何であると信じているのか」読書メモ①

以下は、パーフィット『理由と人格』10章の読書メモ①である。

75 <単純な遠隔輸送>と<分岐線ケース>

・<単純な遠隔輸送ケース>……スキャナーが私の脳と身体を破壊し、火星に私のレプリカを作る。レプリカは物理的にも心理的にも私と質的に同一。

・<分岐線ケース>……スキャナーは私を即死させないが、心臓を傷つけ、私は数日中に死亡する。スキャナーは火星に私のレプリカを作る。レプリカは物理的にも心理的にも私と質的に同一。

・パーフィットは、<分岐線>における私の将来は通常の死と同程度に悪いという見解を否定し、私がレプリカを持つことは通常の生存と同程度に良い、と主張する。

76 性質的同一性と個数的同一性

・質的同一と数的同一の区別。私とレプリカは質的に同一だが、数的に同一ではないかもしれない。「事件の後、彼は変わってしまった」。このときに言及されているのは、性質的同一性であって、個数的同一性ではない。

77 人格の同一性の物理的基準

・人格が数的に同一であるために何が必要か?

・物理的基準説の単純なバージョンは、必要なのは「時間を通じた脳と身体の物理的継続性」である、と主張する。

・もっとよいバージョンは、「生きた人物の脳であるために十分な脳の物理的継続性」が必要であり、また、物理的継続性が分岐の形式をとっていないことも必要だ、と主張する。

78 心理的基準

・人格の同一性に必要なのは、心理的継続性であると論じる立場もある。

・最もよく論じられるのは、記憶の継続性である。ロックは過去の経験の記憶が、人格の同一性の基準を与えると考えた。パーフィットは、この説はそれ自体でもっともらしい見解ではないが、もっともらしい見解の一部であると考える。

・「心理的連結性」……特定の直接的な心理的連結があること。たとえば、二十年前の経験を今思い出せる。

「心理的継続性」……強い連結性の重なり合った鎖があること。

・連結性は程度問題なので厳密に「強い連結性」を定義することはできないが、たとえば、「ほとんどすべての現実の人物の生涯について、いかなる一日をとっても、それを通じた連結の数が、一日を通じた連結の数が最大である日のその連結の数の、少なくとも半分はあるならば、十分な連結性が存在する」と主張してみせることができる。

・「心理的連結性」は、人格の同一性の基準ではありえない。というのは、人格の同一性は推移的関係である。たとえば、バーティーがラッセルと同一人物であり、ラッセルが『私はなぜキリスト教徒ではないのか』の著者と同一人物であれば、この著者とバーティーは同一人物である。しかし、強い連結性は推移的関係ではない。一昨日の私と昨日の私、昨日の私と今日の私が強い連結性をもっていたとしても、一昨日の私と今日の私が強い連結性を持っているとは限らない。

・記憶説の擁護者は、心理的連結性に訴えることはできないが、心理的継続性に訴えることはできる。擁護者は次の基準に訴えることができる。

・心理的継続性とは、強い連結性の重なり合った鎖があることである。人格の同一性に必要なのは、心理的継続性があり、心理的継続性が正しい種類の原因をもち、継続性が分岐の形式をとっていないことである。

・「何が正しい種類の原因か」をめぐって、心理的基準説には三つのバージョンがある。

<狭いバージョン>……通常の原因でなければならない。たとえば、ある記憶が、実際の過去の経験ではなく、他者の伝聞によって形成された記憶である場合、その記憶は過去の経験に正しい仕方で因果的に起因していない。

<広いバージョン>……信頼できる原因ならばなんでもよい。

<最も広いバージョン>……なんでもよい。

・<単純な遠隔輸送>のケースを思い出そう。私のレプリカは、スキャナーを起動したときの私と心理的に継続している。この継続性の原因は、異常ではあるが、信頼できるものである。<物理的基準>によっても<狭い心理的基準>によっても私のレプリカは私ではないが、二つの<広い心理的基準>によれば、彼は私である。

・パーフィットは、三つの<心理的基準>のどれをとるか決める必要はないと主張する。彼は、あるアナロジーに訴える。科学者たちがある義眼を発明する。義眼はマイクロコンピュターによって視神経に電気パターンを伝える。義眼は、失明した人にかつて持っていたような視覚的経験を与える。見ることが通常の原因を含んでいなければならないとするならば、義眼装着者はものを見ていないことになる。しかし、彼が有するものは、視界にあるものを知る手段としても視覚的快楽の源泉としても、見ることと同じくらいよい。同様に、もし私たちが<心理的基準説>を受け入れるならば、通常の原因をもたない心理的継続性は、人格の同一性を提供しないが、人格の同一性と同じくらいよいものを提供すると主張することができる。