ものぐさ読書宣教会

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ヒトと機械の境界が溶け始めた!——海猫沢めろん『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』書評

 

著者の海猫沢めろんは、ホストやアダルトゲームライターなどの異色の経歴を持つ、現代日本文学シーンきっての変人作家だ。

デイトレードに失敗してホームレス生活を送っていたとき、屋外でファイヤーダンスを踊っていた姿を第20回三島賞を獲った佐藤友哉に発見され、しばらく仕事部屋に居候していた、なんてエピソードもある。

そんな海猫沢めろんが、同じくぶっ飛んだ最先端分野の科学者たちを取材するルポ——これが期待を裏切らずめちゃくちゃ面白い。

興味を惹かれた内容を書いていく。

 

SRシステムが人の共感能力をアップデートする

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まずはSRシステムの開発に携わっている脳科学者の藤井直敬。

SRとは代替現実(Substitutional Reality)の略で、〝体験者のリアリティを操作して、現実と虚構をわからなくする〟というコンセプトの技術らしい。

では、最近じわじわと広まってきたVRとはどう違うのか。

SRシステムの被験者は、エイリアンヘッドという360度空間全体を録画できるヘッドマウントディスプレイを装着する。

当初はまだスマホのカメラを通して外を見るような状態なので、見ているものは現実と変わらないが、そこに過去の映像や虚構の映像を混ぜていく。

そうすると、まるで『攻殻機動隊』の世界さながら、被験者は現実と虚構が分からなくなってしまう。

また、このSRシステムによる体験は瞑想や明晰夢、ドラッグ体験で得られる変性意識状態の感覚に似ている、と実際に体験してみた海猫沢めろんは言う。

脳科学者の藤井はこう答える。

仏教に詳しい方にSRシステムと体験してもらったことがありますが、「これはたしかに悟りの第一段階に似ている」と言っていました。「仏教の悟りにはSRと違って次のフェーズがあるんだけどね」とも言っていましたが(笑)。

最新科学によって生まれたはずものが、なぜか仏教思想と似てくる、という不思議なイコール関係はこれから紹介する事例でも頻出するのでとても興味深い。

このSRシステムは、被験者の主観体験した映像を全て記録しておくことができるので、視覚的には私たちの普段の体験を丸ごとコピーすることができる。

つまり、「あの人は物事をどういう風に見ているんだろう?」なんてことを実際に体験、理解できるのだ。

物事を別人の視点で見ることで、「お前の見てるものと俺の見ているものは違う」という相対主義の境地がリアルに感じられる——そうすることで人類の共感能力がアップデートされるんじゃないか、そんな未来像を藤井は語る。

それはおそらくかなり純粋でポジティブな発想で、芸能人がSRシステムを用いて自分の体験を一般人に売りつける——自分はそんなディストピアっぽい未来を想像してしまった。

ともかく、面白い技術であることには間違いない。

 

生物としての3Dプリンタ

次は、慶應大学情報学部教授の田中浩也への取材。

3DプリンタにはVRやAIといった分野よりは地味な印象を持っていたけれど、そうでもないみたいだ。

慶應SFC研究所横浜拠点にあるという(3Dプリンターで造られた)六本腕のロボット『ファブ・アシュラ』の如何にもないかついヴィジュアルや、研究室所属の学生がAKB48メンバーの脚を作っているという話には笑ってしまった。脚フェチか。

そして、やはり特筆すべきなのが田中が提唱する『3Dプリンタ生物説』だ。

なぜ、そう言えるのか?

「プリンタを買って、最初につくるものは何か? 答えは——3Dプリンタが壊れたときのための、予備の部品です」

なるほど、それなら3Dプリンタが人間を媒介にして繁殖している、と言えるかもしれない。

さらに、田中はこう説明する。

3Dプリンタで3Dプリンタをつくる場合、実は同じものはほとんどつくれないんですね。むしろ、進化の過程みたいに亜種や変種ができていくんです。もともと「あらゆる道具は何かの道具でつくられている。だとしたら、目の前にある道具もまた別の道具でつくられている。それをたどっていくと、あらゆる道具の原点となった道具があるはずだ……」とか、そんなことを考えるのが好きだったんですよね。3Dプリンタはそれをエミュレーションしている。

大好きなSFライトノベル冲方丁マルドゥック・スクランブル』のウフコックというキャラクターを思い出す。どんな物にも変身できる万能道具存在(ユニバーサル・アイテム)。

とても夢のある着想だ。

その反面、2014年に3Dプリンタで銃をつくった大学職員が逮捕された事件があったように、最新技術には危険がつきまとう、ということも懸念すべき課題としてある。

だが、かと言ってマスコミは無理解に危険視するのではなく、技術を正しく学んで正確な報道するのが肝要だ、と田中は主張する。正論だ。

あと個人的には、海猫沢めろんの「3Dプリンタで何でもコピーできるということは、おばあちゃんの唯一の形見ですらも複製できてしまう。物語性や希少性に付随するアウラ*1が失われてしまうんじゃないか?」という指摘が、SFチックで精神的食指をそそられる。

田中の返答。

おっしゃるとおりです。3Dプリンタで複製されたものからは、アウラが消えてしまう。おばあちゃんがつくった、世界に1つだけのものが、スキャンして複製できるので、いっぱい増えちゃう。でも、僕はそこにも別の物語があると思うんですよ。そういう、本来アウラのあるものの複製を人が目にしたときにどういう感覚を持つのかっていうこと自体を実験したいです。そこも従来の常識に囚われてはいけないと思う。

もしおばあちゃんの形見が増殖したら、人は不気味に思うだろうか、感動が薄れるだろうか。私なら、爆笑してしまうと思う。

 

機械は全て人型になる

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自分的にはこの石黒浩の章が一番面白かった。

わずか40ページに満たないインタビューなのに、高○クリニックの院長でも言わないような問題発言が繰り返されるからやばい。絶対著作を読むと決心した。

石黒浩は自分そっくりのアンドロイドである「ジェミノイド」を作ったことで有名な、人間酷似型ロボット研究の第一人者だ。

石黒は「最も理想的なインターフェースは人そのもの」と主張する。

この主張を裏付けるのが『ペグ-イン−ホール実験』で、人間が棒を穴に差す様子を子供に見せた場合と、機械が棒を穴に差す様子を子供に見せた場合だと、子供は前者をマネするが、後者はマネしないという結果が出ているらしい。子供はマネをする対象に人間らしさを求める。

つまり、彼にとって全ての機械が人型になるのが自然なのだ。

石黒は、自分の娘を模したロボットも作っているらしい(他人の子供をモデルにする訳には行かないという理屈は分かるが、少しマッド・サイエンティストっぽい)。

——人間の子供って、最初は心があるように見えない。でもあるときに、いつの間にか備わっているような感じがするじゃないですか。実際の娘さんと、ロボットの娘さん、先生が「心」があると感じる瞬間って同じ感覚なんでしょうか?

石黒 それは、まだわからない。ただ、ロボットをつくったときに、「このロボットは意識をもって動いているのかもしれない」、と思ったことはあります。

——どういうときですか?

石黒 たとえば、ロボットを横に置いてミーティングすると、ロボットが僕らの声に反応して、「なんでそう言うの?」っていうことをふっと言うわけですよ。そういうときは、めちゃくちゃドッキリします。よく考えれば、プログラムでテキトーに相槌うってるだけなんですけど(笑)。そもそも、僕は、心というのは主観的な問題なので、仕組みがどんだけ複雑か複雑じゃないかは関係なく、人間かどうかも関係なく、相手に心があると思えば存在するものだと思っているんですよ。

——たぶん、世間の多くの人はそういう意見に反発すると思うんですよ。そういうものじゃなくて、心というのは問答無用で「人間には備わっているんだよ!」と。

石黒 はっきり言うと、心もないくせに「心」なんて言うんじゃないよ、って思いますね。

いくらなんでも、はっきり言い過ぎだろ。石黒節炸裂である。

私はここですっかり石黒の発言に魅了されてしまった。

人に心など存在しない。

なぜ石黒がこう考えるようになったのかというと、幼少期の石黒は感情がなく、怒ることが一切できなかったことがきっかけにあるらしい。

大人に「人の気持ちを大事にしなさい」と言われたが、「人・気持ち・考える」、そのどれもがわからなかった。

その時は自分がまったく分かっていないことを平然と分かっているように振る舞う大人を神様だと思ったが、高校生になってそれは間違っていて、大人たちは何も分かっていないと認識を改めたそうだ。

決して同意見ではないものの、私も高校生の頃、担任教師に1ヶ月連続の居残り面談を命じられ、「お前には心がない」と説教され続けた経験があるので共感してしまった。

少し人生観っぽい話に寄りすぎてしまったので、石黒の行っているロボット研究に話を戻す。

石黒は本当にロボットが私たちの生活に溶け込むことができるのか試すためにある実験を行った。

難波の高島屋にて実際にアンドロイドを働かせる実験なのだが、人間のスタッフが1日20人しか接客できないところを、なんとアンドロイドは45人接客し、最終的なトータルの売上は前年度同期比1.5倍に上がったらしい。

理由は2つで、お客さんはアンドロイドは嘘をつかない——つまり誇大広告などを行わない——と思っていることと、機械だからいつでも断れると思って容易に接客に応じてしまうからだという。

接客業という通常人間にしか務まらないと信じられている分野ですら、ロボットの方が業績が良いのは驚きだった。

石黒は「将来的に、高島屋のスタッフを半分くらいにしたい」と語る。

また、ロボットが社会に浸透するに当たって問題になると石黒が危惧しているのが『エシカル・ジレンマ』だ。

石黒の作ったロボットに「テレノイド」というアンドロイドがある。

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このロボットは人型をした簡易アンドロイドで、遠隔操作で発話したり動かしたりできる。

テレノイドを用いた会話療法がデンマークで行われているのだが、高齢者や精神障害者は異様にテレノイドを好きになってしまうのだという。

その結果、銀行口座や暗証番号などあらゆる秘密を喋ってしまう。

遠隔操作しているオペレーターがそれを全て知ってしまうことになるので問題だ。

「ロボットだから大丈夫だ」と警戒心を解く心理を悪用した詐欺行為が生まれる可能性もある。

テレノイドが正直「キモい」見た目をしているので「本当かなぁ……?」と訝しんでしまうが、ソニーaiboなどを想像すれば確かに納得だ。

そうやって機械が人間の領域を侵犯していくと、能力的に完全に機械が人間を上回る未来が到来するかもしれない。

それについての海猫沢と石黒の会話。

——ええ。能力主義のなかで機械に劣っている人間ばかりになるとしたら、人間の存在価値は一体なんなのか、未来にはそういう悩みが出てくると思います。

石黒 だからこそ、人間がどう生きていくのかを考える宗教学は必要だと思います。僕はよく「犬や猫だって生きているんだから、なんで俺らは犬や猫と同じように生きたらダメなんだ」と言うんです。「ただ生きる、ってことだっていいじゃないか。どうして人間じゃないとダメなんだ」って。よくウチの学生にも、「ゴキブリとおまえの違うところを言ってみろ」って言うんです。

——えっ……。

石黒 たとえば、「昨日やったことを全部黒板に書け。そのうち人間しかできないものにマルつけてみろ」って言ってみたら、ほとんどマルがつかない(笑)。「お前だってゴキブリだろ」と証明できるんですよ、瞬間的に。

——そうなのかもしれませんが……世間にそれを受け入れてもらうというのは、すぐには無理だと思うんです。

石黒 難しいと思いますけど、人間っていうのは精神的に進化しているはず。この話をたぶん500年前とか1000年前にやるのと、今やるのとでは意味が違うような気がするんですよね。

 人とゴキブリは同じである。

完全にパワハラ案件である。文字媒体ではあるが、海猫沢めろんがドン引きしている様子が伝わってくる。子供向けアニメに出てくる悪の科学者みたいだ。

先述した石黒の「人の心というのは、互いに心があると信じているから、存在できる概念なんだ」という考えは、完全に仏教の教えと一致していて、仏教関係者から講演依頼が来たりもするらしい。

石黒自身もまんざらではないようで、将来的に宗教法人を立ち上げたいとまで言っているので、今後の動向が楽しみだ。

この先も、「僕の人工知能の最終形は、誰よりも予測性が高いものだ」と語る松尾豊や、過去のデータから最適なアドバイスを出してくれるシステムに従って9年間生きている矢野和男、幸福学を立ち上げて「意識は受動的に出力される結果である」という「受動意識仮説」を提唱する前野隆司と、キャラが濃すぎる科学者たちが独特な価値観をぶち上げてくるのでとても刺激的で面白い。

ヒューマニズムの神秘のヴェールを剥ぎ取った、最新科学に基づくありのままの現実の姿を覗いてみたい人にはオススメの一冊だ。

*1:ヴォルター・ベンヤミンによって提唱された概念で、機械的複製によって芸術作品のコピーを大量生産することが可能になった時代において、オリジナルの作品から失われる「いま」「ここ」にのみ存在することを根拠とする権威のこと。