ものぐさ読書宣教会

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臓器売買×古代神話×暗黒資本主義——佐藤究『テスカトリポカ』感想

自分のような、特にビジネスで成功したいという野心を持たない人間が、最も効率良く金を稼ぐにはどうしたらいいか。

その究極的な解答は自身の肉体を細切れのパーツにして、売り払うことである。

頭皮 $800

眼球 $1000

歯と歯茎 $1500

骨髄1gにつき $20000

膵臓 $50000

肝臓 $150000

心臓 $300000

etc……

概算してみると、人体には合計で30億円ものの値段が付くらしい。

現代に生きる凡その人間は、彼・彼女が生涯で成し遂げる全仕事よりも、パーツとして見た方が金銭的に価値が高い。

しかし、自分の肉体を切り売りする自殺行為を実行に移す人は少ないだろう。(ただし片方売っても生きていける腎臓は別で、実際に2021年現在政情不安の続くアフガニスタンでは違法腎臓ビジネスが急増している。)

だが、他人の肉体ならば?

マネージメント原理主義の極限。

——高度資本主義社会で生き残るためなら、善悪は問わない。

このような、おぞましいほど合理的な資本主義リアリズムの精神を生きる人々を、アステカ・ジャカルタカワサキという三つの土地を舞台にして圧倒的なスケールで描き切った大作ノワール小説、それが佐藤究『テスカトリポカ』だ。第165回直木賞受賞作。

 

興味深い、というか皮肉なのは、「主人公の人望に魅せられて有能な人材が集まり、夢のある巨大なプロジェクトを遂行していく」という所謂〝お仕事小説〟のフォーマットをこの小説が踏襲していることだ。部活動を描いた青春小説にも似ている。

物語のメインプロットは、カルテル同士の戦争で家族を皆殺しにされてメキシコから逃れてきた元麻薬密売人・バルミロと、コカイン使用中の轢き逃げで指名手配され日本を追われた元医師・末永がジャカルタで出逢うところから始まる。

そして敗北者同士が手を組み、新しいビジネスを計画する。

医師は語り、麻薬密売人は聞いた。暴力の予兆とともに二つの運命が交錯した。いまだかつて誰も考えなかったことのない最高のビジネス。

麻薬密売人ナルコとは、正しくは麻薬密売人ナルコ・トラフィカンテのことだった。末永の考案したビジネスに関わる自分たちを、のちにバルミロはこう呼んだ。

心臓密売人ラソン・トラフィカンテ

バルミロたちの手掛けるビジネスは臓器売買で、それも最高級の品質——大気汚染度が低い地域に住み、麻薬や酒の影響もない、日本の小児の臓器を取り扱う。

児童福祉目的で設立されたNPOを乗っ取り、虐待が行われている家庭や養護施設から保護するという名目でシェルターに子供を集めて隔離し、オーダーが入り次第出荷する。

そして、他の裏社会勢力との抗争に備え、殺し屋シカリオたちで構成された〈家族〉を作る。

ボスのバルミロが祖母から教わったアステカの神々への信仰をメンバーに伝えることによって、〈家族〉の絆は深まっていく。

ビジネスは順調に成長するかと思われたが、ある裏切りによって〈家族〉は崩壊の危機に直面する——。

 

このような血腥い作品が直木賞を獲るのは個人的にはかなり衝撃で、時代の流れを感じた。

佐藤究はインタビューで「現代の文学が資本主義を扱うのはオプションではなく、マストだと思う」と言っていて、かなり共感できる作家なので、本作の受賞はとても嬉しい。

章のエピグラフにマーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』の文章を引用したり、参考文献のリストに新反動主義の日本への輸入業者である木澤佐登志の著作を挙げるなど、同じ問題意識を共有する読者への目配せも思わずニヤリとさせられた。

確かに残酷極まりない話ではあるのだが、アステカ神話と資本主義リアリズムという二つのイデオロギー、また「これは紛れもない現実なんだ」と感じさせる緻密な描写から成るリアリティが、『テスカトリポカ』にそれだけではない確かな文学性を与えている。

今作はある偶然から成る出来事によって資本主義リアリズム(を体現する人物)が打破されるものの、思想自体が否定された訳ではない。

今作で取り上げられる〈臓器売買〉というテーマは私たちの生活から離れているように感じられるけれども、それは実際に起こっているし、〈移民労働者に対する搾取〉や〈過労死問題〉、〈向精神薬の過剰処方〉といった、私たちと地続きの場所でも資本主義リアリズムは脈々と駆動している。

『テスカトリポカ』の達成を踏まえて、資本主義リアリズムからの脱出口となるような新たな可能性を秘めた小説が日本文学シーンから登場することを待望して止まない。